第 21 課:歴史的交流 / 日本で再會
7 小節 · 221 條
練習本課會話:日本で再會
1
緑久しぶり元気だった
みどり ひさしぶり げんき だった
2
うんみんなこのとおり元気よ
うん みんな この とおり げんき よ
3
こんにちは
4
こんにちは
5
もうちゃんとお辞儀しなきゃだめでしょ
もう ちゃんと おじぎ し なきゃ だめ でしょ
6
まあまあそんな堅苦しいこと言わなくてもいいじゃないの
まあ まあ そんな かたくるしい こと いわ なく て も いい じゃ ない の
7
それでこれが明日からの予定表移動はレンタカー借りたから
それで これ が あした から の よてい ひょう いどう は レンタカー かり た から
8
了解さすが秀麗用意周到ねありがとうございます
りょうかい さすが しゅうれい よういしゅうとう ね ありがとう ござい ます
9
いえいえどういたしまして
いえいえ どういたしまして
10
それにしても正倉院展は残念だったね
それにしても せい くら いんてん は ざんねん だった ね
11
そうなんだよねー秋だけのイベントで20日間しか開催されないって
そう な ん だ よ ねー あき だけ の イベント で 20 にちかん しか かいさい さ れ ない って
12
秀麗は正倉院展行ったことあるんだっけ
しゅうれい は せい くら いんてん いった こと ある ん だ っけ
13
うんちょうど10年前かなペルシャとかインドとか1200年前の宝物が展示されていてなかなか見ごたえがあったよ
うん ちょうど 10 ねん まえ か な ペルシャ とか インド とか 1200 ねん まえ の ほうもつ が てんじ さ れ て い て なかなか みごたえ が あった よ
14
そのほとんどがシルクロードを通ってきたんだよね
その ほとんど が シルクロード を とおって き た ん だ よ ね
15
うんそうみたい
うん そう みたい
16
実はうち去年家族で敦煌とウルムチを旅行してね次はシルクロードの東の端に行きたいねって言ってたんだ
じつは うち きょねん かぞく で とんこう と ウルムチ を りょこう し て ね つぎ は シルクロード の ひがし の はし に いき たい ねって いって た ん だ
17
そうだったの楽しみにしていたのにごめんね
そう だった の たのしみ に し て い た のに ごめん ね
18
ううん秀麗が謝ることないじゃないまた次回来ればいいよ
ううん しゅうれい が あやまる こと ない じゃ ない また じかい くれ ば いい よ
19
うんそうねありがとう
うん そう ね ありがとう
20
おーい夕飯何時からおれたち腹ぺこぺこ
おーい ゆうはん なん じ から おれ たち はら ぺこぺこ
生詞表1
1
新大阪
しんおおさか
新大阪
2
もう
真是的
3
レンタカー
出赁汽車
4
用意周到
よういしゅうとう
準備周到
5
正倉院
しょうそういん
正仓院
6
ペルシャ
波斯
7
宝物
ほうもつ
珍寶,寶物,寶贝
8
敦煌
とんこう
敦煌
9
ウルムチ
烏鲁木齊
10
端
はし
端頭,邊緣
課文:シルクロードと日本人
1
シルクロードと日本人
シルクロード と にっぽんじん
2
中国人にとってシルクロードは洛陽を東の端とするのが常識かもしれないが日本人の中にはそれよりさらに東の奈良まで延びていたという感覚を持っている人もいる正倉院に保存されている数々の宝物を目にするたびにシルクロードの東端は奈良であると実感する
ちゅうごくじん にとって シルクロード は らくよう を ひがし の はし と する の が じょうしき かも しれ ない が にっぽんじん の なか に は それ より さらに ひがし の なら まで のび て い た という かんかく を もって いる ひと も いる しょうそういん に ほぞん さ れ て いる かずかず の ほうもつ を め に する たび に シルクロード の とうたん は なら で ある と じっかん する
3
奈良の大仏で知られる東大寺大仏殿の北西に正倉院がある正倉院は仏教を深く信仰し東大寺の大仏を建立した聖武天皇とその皇后ゆかりの品々を保存した場所であるその数は9000点あまりに及びその多くは遣唐使が唐から持ち帰った美術工芸品であるといわれる
なら の だいぶつ で しら れる とうだいじ だいぶつでん の ほくせい に しょうそういん が ある しょうそういん は ぶっきょう を ふかく しんこう し とうだいじ の だいぶつ を こんりゅう し た しょうむてんのう と その こうごう ゆかり の しなじな を ほぞん し た ばしょ で ある その かず は 9000 てん あまり に および その おおく は けんとうし が とう から もちかえった びじゅつ こうげい ひん で ある と いわ れる
4
例えば宝物の1つに白瑠璃椀というガラスの器があるこれと同じものがササン朝ペルシャ現在のイランの遺跡から多く見つかっている調査した結果この白瑠璃椀は1200年以上も前にペルシャからラクダに積まれシルクロードを通って中国に伝えられた後遣唐使の船に乗って日本にやってきたことが分かったまた螺銅紫檀五弦琵琶という宝物もある世界で唯一現存する五弦の琵琶で高度な技術による細工が施され表面にはラクダに乗った吟遊詩人が描かれているいかにもシルクロードを通って日本に伝えられたことを物語っているような宝物であるほかにもガラス製の瓶杯などの器ガラス玉の装飾品など西域さいいきせいいきで作られた物がシルクロードを通って日本に伝来したことが判明している他方8世紀ごろに遣唐使に随行してペルシャ人が来日した記録も残っていることなどから日本が唐代の東西交通路に連なっていたことは事実であり日本人がシルクロードの東端は奈良であるというのもあながち理由のないこととはいえないのではないだろうか
たとえば ほうもつ の 1 つ に はくるりわん という ガラス の うつわ が ある これ と おなじ もの が ササン あさ ペルシャ げんざい の イラン の いせき から おおく みつかって いる ちょうさ し た けっか この はくるりわん は 1200 ねん いじょう も まえ に ペルシャ から ラクダ に つま れ シルクロード を とおって ちゅうごく に つたえ られ た のち けんとうし の ふね に のって にっぽん に やってき た こと が わかった また にし どう したん ご げん びわ という ほうもつ も ある せかい で ゆいいつ げんぞんする ごげん の びわ で こうど な ぎじゅつ による さいく が ほどこさ れ ひょうめん に は ラクダ に のった ぎんゆうしじん が えがか れ て いる いかにも シルクロード を とおって にっぽん に つたえ られ た こと を ものがたって いる よう な ほうもつ で ある ほか に も ガラス せい の びん はい など の うつわ ガラス だま の そうしょく ひん など さいいき さ いい き せい いき で つくら れ た ろじもの が シルクロード を とおって にっぽん に でんらい し た こと が はんめい し て いる たほう 8 せいき ごろ に けんとうし に ずいこう し て ペルシャ じん が らいにち し た きろく も のこって いる こと など から にっぽん が とう だい の とうざい こうつう ろ に つらなって い た こと は じじつ で あり にっぽんじん が シルクロード の とうたん は なら で ある という の も あながち りゆう の ない こと と は いえ ない の で は ない だろ う か
5
シルクロードは悠久の太古から東アジアと西アジアアジアとヨーロッパそして北アフリカとを結んできた絹の道とも呼ばれるように中国原産の絹が西アジアやヨーロッパに運ばれるとともに多様な文物や技術がシルクロードを行き来したそのためシルクロードのルート上にある地域では東西の文化が融合し独自の変化を遂げてきたのだ
シルクロード は ゆうきゅう の たいこ から ひがしあじあ と にし アジア アジア と ヨーロッパ そして きた アフリカ と を むすん で き た きぬ の みち と も よば れる よう に ちゅうごく げんさん の きぬ が にし アジア や ヨーロッパ に はこば れる とともに たよう な ぶんぶつ や ぎじゅつ が シルクロード を いきき し た そのため シルクロード の ルート じょう に ある ちいき で は とうざい の ぶんか が ゆうごう し どくじ の へんか を とげ て き た の だ
6
アジアとヨーロッパ北アフリカの三大大陸を結ぶルートは広大且つ複雑である例えば現在の洛陽を起点としてローマに至る古代シルクロードオアシス路は新疆ウイグル自治区に入って天山山脈の北側を通るルートと南側を通るルートそしてタリム盆地の南縁を通るルートなどに分かれるこのほかユーラシア大陸北部の草原地帯を通るステップ路広州から海に乗り出しインド洋アラビア半島に至る南海路もあったさらに洛陽を起点として東の明州寧波に至るルートもありその明州からは日本の奈良につながる海路が存在していたということだ
アジア と ヨーロッパ きた アフリカ の さん だい たいりく を むすぶ ルート は こうだい かつ ふくざつ で ある たとえば げんざい の らくよう を きてん として ローマ に いたる こだい シルクロード オアシス ろ は しんきょうういぐる じち く に はいって てんざんさんみゃく の きたがわ を とおる ルート と みなみがわ を とおる ルート そして タリム ぼんち の みなみ えん を とおる ルート など に わかれる この ほか ユーラシア たいりく ほくぶ の そうげん ちたい を とおる ステップ ろ こうしゅう から うみ に のりだし いんどよう アラビア はんとう に いたる なんかいろ も あった さらに らくよう を きてん として ひがし の めいしゅう にんぼー に いたる ルート も あり その めいしゅう から は にっぽん の なら に つながる かいろ が そんざい し て い た という こと だ
7
日本人がシルクロードに強い関心を寄せるようになったのは日中平和友好条約が締結1978年8月12日された2年後の1980年にNHK特集シルクロードが放映されてからである多くの人たちがシルクロードという言葉にエキゾチックなイメージを強く抱いたのであったあるいは喜多郎が作曲したNHK特集シルクロードのテーマ曲の影響もあったかもしれない実はそれ以前にも團伊玖磨が管弦楽組曲シルクロードを作曲したり平山郁夫がシルクロードを旅し仏教文化の伝来をモチーフに絵画を描いたりするなどシルクロードに魅せられその思いを独自に表現していた日本人がいたことも忘れてはならない
にっぽんじん が シルクロード に つよい かんしん を よせる よう に なった の は にち ちゅう へいわ ゆうこう じょうやく が ていけつ 1978 ねん 8 つき 12 にち さ れ た 2 ねん ご の 1980 ねん に エヌエイチケー とくしゅう シルクロード が ほうえい さ れ て から で ある おおく の ひと たち が シルクロード という ことば に エキゾチック な イメージ を つよく だい た の で あった あるいは きたろう が さっきょく し た エヌエイチケー とくしゅう シルクロード の テーマ きょく の えいきょう も あった かも しれ ない じつは それ いぜん に も だんいくま が かんげんがく くみきょく シルクロード を さっきょく し たり ひらやまいくお が シルクロード を たび し ぶっきょう ぶんか の でんらい を モチーフ に かいが を えがい たり する など シルクロード に みせ られ その おもい を どくじ に ひょうげん し て い た にっぽんじん が い た こと も わすれ て は なら ない
8
毎年秋になると奈良国立博物館で正倉院の宝物展が開催される第1回開催は1946年にさかのぼるが以来正倉院に保存されている宝物のうちから毎年70点ほどが選ばれ一般に公開されている約20日間の会期中に訪れる人は毎回10万人以上に上り2009年にはその数は30万人近くに達した毎年泊まりがけで正倉院展を見に行く熱心なファンもいるほどだそしてそのだれもがはるか昔に唐をはじめインドペルシャ遠くはギリシャやローマなどからもたらされた国際色豊かな工芸品を目にして感嘆の声を上げシルクロードと日本のつながりを強く実感させられる
まいとし あき に なる と なら こくりつ はくぶつかん で しょうそういん の ほうもつ てん が かいさい さ れる だい 1 かい かいさい は 1946 ねん に さかのぼる が いらい しょうそういん に ほぞん さ れ て いる ほうもつ の うち から まいとし 70 てん ほど が えらば れ いっぱん に こうかい さ れ て いる やく 20 にちかん の かいき ちゅう に おとずれる ひと は まいかい 10 まん にん いじょう に のぼり 2009 ねん に は その かず は 30 まん にん ちかく に たっし た まいとし とまりがけ で せい くら いんてん を み に いく ねっしん な ファン も いる ほど だ そして その だれ も が はるか むかし に とう を はじめ インド ペルシャ とおく は ギリシャ や ローマ など から もたらさ れ た こくさいしょく ゆたか な こうげい ひん を め に し て かんたん の こえ を あげ シルクロード と にっぽん の つながり を つよく じっかん さ せ られる
9
シルクロードを訪ねる日本人旅行者も増えている西安敦煌はもちろんのことかつてはシルクロードのオアシスといわれ現在では中国有数の工業商業の中心地へと変貌したウルムチや古くからシルクロードの重要な拠点として栄え西遊記の舞台にもなったトルファン千数百年の時間を砂の中で眠り続けた楼蘭などを訪ねる人々も多い
シルクロード を たずねる にっぽんじん りょこう しゃ も ふえ て いる しーあん とんこう は もちろん の こと か つて は シルクロード の オアシス と いわ れ げんざい で は ちゅうごく ゆうすう の こうぎょう しょうぎょう の ちゅうしん ち へ と へんぼう し た ウルムチ や ふるく から シルクロード の じゅうよう な きょてん として さかえ さいゆうき の ぶたい に も なった トルファン せん すう ひゃく ねん の じかん を すな の なか で ねむり つづけ た ろうらん など を たずねる ひとびと も おおい
10
そんな旅行者が異口同音に言う1200年以上も前から日本は世界につながっていたのだとその日本と世界をつないでいたのがシルクロードだと思うと壮大なロマンを感じるではないか
そんな りょこう しゃ が いくどうおん に いう 1200 ねん いじょう も まえ から にっぽん は せかい に つながって い た の だ と その にっぽん と せかい を つない で い た の が シルクロード だ と おもう と そうだい な ロマン を かんじる で は ない か
生詞表2
1
洛陽
らくよう
洛陽
2
東端
とうたん
東端
3
大仏
だいぶつ
大佛
4
東大寺
とうだいじ
東大寺
5
大仏殿
だいぶつでん
大佛殿
6
建立する
こんりゅうする
(宗教)建造,興建
7
聖武天皇
しょうむてんのう
聖武天皇
8
天皇
てんのう
天皇
9
皇后
こうごう
皇後
10
ゆかり
關系,因緣
11
品々
しなじな
各式物品
12
持ち帰る
もちかえる
帶回,拿回
13
白瑠璃椀
はくるりわん
白琉璃碗
14
朝
あさ
萨珊王朝波斯
15
イラン
伊朗
16
ラクダ
骆驼
17
螺銅紫檀五弦琵琶
にし どう したん ご げん びわ
螺铜紫檀五弦琵琶
18
現存する
げんぞんする
現存
19
高度
こうど
高度
20
細工
さいく
工藝(品)
21
吟遊詩人
ぎんゆうしじん
吟遊诗人
22
物語る
ものがたる
講述,講,說明
23
杯
はい
酒杯,杯子
24
玉
だま
玻璃球
25
装飾
そうしょく
裝飾
26
西域
さいいき
西域
27
伝来する
でんらいする
傳來
28
随行する
ずいこうする
隨行
29
東西
とうざい
東西
30
連なる
つらなる
連接,延绵;成列
31
あながち
未必,不定
32
太古
たいこ
太古
33
西
にし
西亞
34
北
きた
北非
35
原産
げんさん
原產
36
文物
ぶんぶつ
文物
37
且つ
かつ
而且
38
起点
きてん
起點
39
路
ろ
綠洲之路
40
新疆自治区
しんきょう じち く
新疆維吾爾自治區
41
天山山脈
てんざんさんみゃく
天山山脉
42
盆地
たりむぼんち
塔裡本盆地
43
南缘
なんえん
南緣
44
大陸
たいりく
歐亞大陸
45
草原
そうげん
草原
46
地帯
ちたい
地區,地帶
47
路
ろ
草原之路
48
乗り出す
のりだす
乘~出去,登上舞臺
49
洋
よう
印度洋
50
半島
はんとう
阿拉伯半島
51
南海路
なんかいろ
南海之路
52
明州
めいしゅう
明州
53
寧波
にんぼー
宁波
54
海路
かいろ
海路
55
日中平和友好条約
にち ちゅう へいわ ゆうこう じょうやく
中日和平友好條約
56
締結する
ていけつする
缔結
57
放映する
ほうえいする
放映
58
エキゾチック
异國情調,异國風情
59
抱く
いだく
抱,搂
60
喜多郎
きたろう
喜多郎
61
作曲する
さっきょくする
作曲,创作曲子
62
團伊玖磨
だんいくま
团伊玖磨
63
管弦楽
かんげんがく
管弦樂
64
組曲
くみきょく
组曲
65
平山郁夫
ひらやまいくお
平山鬱夫
66
魅する
みする
吸引,使人入迷
67
奈良国立博物館
なら こくりつ はくぶつかん
奈良國立博物館
68
会期
かいき
展期
69
泊まりがけ
とまりがけ
(非當日往返)留宿
70
国際色
こくさいしょく
國際色彩,國際性
71
感嘆
かんたん
贊嘆,感嘆
72
オアシス
綠洲
73
有数
ゆうすう
屈指可數,有數
74
商業
しょうぎょう
商業
75
変貌する
へんぼうする
改變面貌,變身
76
西遊記
さいゆうき
西遊記
77
トルファン
吐鲁番
78
楼蘭
ろうらん
樓兰
79
異口同音
いくどうおん
异口同聲
80
壮大
そうだい
宏大,壮觀,雄偉
81
ロマン
浪漫
82
愛知
あいち
愛知县
83
豊橋
とよはし
丰橋市
84
キーボード
键盤
85
尾道
おのみち
尾道市
解說例句
1
正倉院は仏教を深く信仰し東大寺の大仏を建立した聖武天皇とその皇后ゆかりの品々を保存した場所である
しょうそういん は ぶっきょう を ふかく しんこう し とうだいじ の だいぶつ を こんりゅう し た しょうむてんのう と その こうごう ゆかり の しなじな を ほぞん し た ばしょ で ある
2
法隆寺の五重の塔は7世紀に建立された
ほうりゅうじ の ごじゅうのとう は 7 せいき に こんりゅう さ れ た
3
北京の北西には清の時代に造営された頤和園がある
ぺきん の ほくせい に は きよし の じだい に ぞうえい さ れ た いわえん が ある
4
電車は遅れるしエレベーターには閉じ込められるし散々な1日だった
でんしゃ は おくれる し エレベーター に は とじこめ られる し さんざん な 1 にち だった
5
司会者の動作の端々に緊張している様子がうかがえた
しかい しゃ の どうさ の はしばし に きんちょう し て いる ようす が うかがえ た
6
例えば宝物の1つに白瑠璃椀というガラスの器がある
たとえば ほうもつ の 1 つ に はくるりわん という ガラス の うつわ が ある
7
また螺銅紫檀五弦琵琶という宝物もある
また にし どう したん ご げん びわ という ほうもつ も ある
8
ほかにもガラス製の瓶杯などの器ガラス玉の装飾品など西域さいいきせいいきで作られた物がシルクロードを通って日本に伝来したことが判明している
ほか に も ガラス せい の びん はい など の うつわ ガラス だま の そうしょく ひん など さいいき さ いい き せい いき で つくら れ た ろじもの が シルクロード を とおって にっぽん に でんらい し た こと が はんめい し て いる
9
欧米の学習者にとって日本語は難しいといわれているまず表記方法に平仮名片仮名漢字の3種類があるまた日本語の文法が英語などとは大きく異なっているのほかにも強弱アクセントではなく高低アクセントであること男性と女性で話し方が異なることなどその理由は多い
おうべい の がくしゅう しゃ にとって にほんご は むずかしい と いわ れ て いる まず ひょうき ほうほう に ひらがな かたかな かんじ の 3 しゅるい が ある また にほんご の ぶんぽう が えいご など と は おおきく ことなって いる の ほか に も きょうじゃく アクセント で は なく こうてい アクセント で ある こと だんせい と じょせい で はなしかた が ことなる こと など その りゆう は おおい
10
日本が唐代の東西交通路に連なっていたことは事実であり
にっぽん が とう だい の とうざい こうつう ろ に つらなって い た こと は じじつ で あり
11
その明州からは日本の奈良につながる海路が存在していたということだ
その めいしゅう から は にっぽん の なら に つながる かいろ が そんざい し て い た という こと だ
12
多くの山々が連なっているのが見えた
おおく の やまやま が つらなって いる の が みえ た
13
この寺には徳川将軍家に連なる人々が眠っている
この てら に は とくがわ しょうぐんけ に つらなる ひとびと が ねむって いる
14
友人の結婚式に参加して喜びの席に連なることができてうれしかった
ゆうじん の けっこんしき に さんか し て よろこび の せき に つらなる こと が でき て うれしかった
15
九州から北海道まで高速道路でつながっている
きゅうしゅう から ほっかいどう まで こうそく どうろ で つながって いる
16
ちょっとした油断が失敗につながってしまった
ちょっとした ゆだん が しっぱい に つながって しまった
17
渋滞で車が20回以上つながっている
じゅうたい で くるま が 20 かい いじょう つながって いる
18
日本人がシルクロードの東端は奈良であるというのもあながち理由のないこととはいえないのではないだろうか
にっぽんじん が シルクロード の とうたん は なら で ある という の も あながち りゆう の ない こと と は いえ ない の で は ない だろ う か
19
彼女の意見もあながち間違いではないかもしれませんね
かのじょ の いけん も あながち まちがい で は ない かも しれ ませ ん ね
20
同期の王さんが来年昇進するとうわさされている仕事ぶりを見るとあながちうわさだけじゃないかもしれない
どうき の おう さん が らいねん しょうしん する と うわさ さ れ て いる しごと ぶり を みる と あながち うわさ だけ じゃ ない かも しれ ない
21
現在の洛陽を起点としてローマに至る古代シルクロードオアシス路は新疆ウイグル自治区に入って
げんざい の らくよう を きてん として ローマ に いたる こだい シルクロード オアシス ろ は しんきょうういぐる じち く に はいって
22
仏教文化の伝来をモチーフに絵画を描いたりするなど
ぶっきょう ぶんか の でんらい を モチーフ に かいが を えがい たり する など
23
今回話し合った内容を最終的な結論として理事会に報告します
こんかい はなしあった ないよう を さいしゅうてき な けつろん として りじかい に ほうこく し ます
24
投票の結果田中氏を会長とすることに決定した
とうひょう の けっか たなか し を かいちょう と する こと に けってい し た
25
大先輩の山田さんを目標にして頑張ります
だい せんぱい の やまだ さん を もくひょう に し て がんばり ます
26
投票の結果日中さんを会長にすることが決まった
とうひょう の けっか にち ちゅう さん を かいちょう に する こと が きまった
27
彼は病気を口実に会議を欠席した
かれ は びょうき を こうじつ に かいぎ を けっせき し た
28
広州から海に乗り出しインド洋アラビア半島に至る南海路もあった
こうしゅう から うみ に のりだし いんどよう アラビア はんとう に いたる なんかいろ も あった
29
少年たちは自分たちで作ったいかだで荒海に乗り出した
しょうねん たち は じぶん たち で つくった いかだ で あらうみ に のりだし た
30
警察は真相の究明に乗り出した
けいさつ は しんそう の きゅうめい に のりだし た
31
日本人がシルクロードに強い関心を寄せるようになったのは
にっぽんじん が シルクロード に つよい かんしん を よせる よう に なった の は
32
多くの人たちがシルクロードという言葉にエキゾチックなイメージを強く抱いたのであった
おおく の ひと たち が シルクロード という ことば に エキゾチック な イメージ を つよく だい た の で あった
33
うちの娘は担任の先生に好意を寄せているようだ
うち の むすめ は たんにん の せんせい に こうい を よせ て いる よう だ
34
政府の経済政策が景気回復の起爆剤となるかどうか大いに疑問を抱いている
せいふ の けいざい せいさく が けいき かいふく の きばくざい と なる か どう か おおいに ぎもん を だい て いる
35
シルクロードと日本とのつながりを強く実感させられる
シルクロード と にっぽん と の つながり を つよく じっかん さ せ られる
36
乗っていた電車が事故で動かなくなりいちばん近くの駅まで歩かされた
のって い た でんしゃ が じこ で うごか なく なり いちばん ちかく の えき まで あるか さ れ た
37
お酒をたくさん飲まされて翌日頭が痛くて大変だった
お さけ を たくさん のまさ れ て よくじつ あたま が いたく て たいへん だった
38
雄大な自然を目の前にして人間の小ささを痛感させられた
ゆうだい な しぜん を め の まえ に し て にんげん の ちいさ さ を つうかん さ せ られ た
39
海外で暮らしてみて当たり前だと思っていた自国の習慣に特殊なものが多いということに気づかされた
かいがい で くらし て み て あたりまえ だ と おもって い た じこく の しゅうかん に とくしゅ な もの が おおい という こと に きづか さ れ た
40
そんな旅行者が異口同音に言う1200年以上も前から日本は世界につながっていたのだとその日本と世界をつないでいたのがシルクロードだと思うと壮大なロマンを感じるではないか
そんな りょこう しゃ が いくどうおん に いう 1200 ねん いじょう も まえ から にっぽん は せかい に つながって い た の だ と その にっぽん と せかい を つない で い た の が シルクロード だ と おもう と そうだい な ロマン を かんじる で は ない か
41
その容疑者は言い残した真犯人は別にいると
その ようぎしゃ は いいのこし た しんぱんにん は べつ に いる と
42
その学生は考えた日本の政治はきちんと機能しているのだろうかと
その がくせい は かんがえ た にっぽん の せいじ は きちんと きのう し て いる の だろ う か と
43
お借りしていた時計が壊れてしまって申し訳ありません
お かり し て い た とけい が こわれ て しまって もうしわけ あり ませ ん
44
お借りしていた時計を壊してしまって申し訳ありません
お かり し て い た とけい を こわし て しまって もうしわけ あり ませ ん
45
会社の前に止めてある車は副社長の車ではないか
かいしゃ の まえ に とめ て ある くるま は ふく しゃちょう の くるま で は ない か
46
この方針は会議の出席者の過半数の賛成によって決定したではないか
この ほうしん は かいぎ の しゅっせき しゃ の かはんすう の さんせい によって けってい し た で は ない か
47
首相は公式な記者会見で述べたことを個人的な見解だと言っているがおかしな話ではないか
しゅしょう は こうしき な きしゃかいけん で のべ た こと を こじんてき な けんかい だ と いって いる が おかしな はなし で は ない か
48
年金制度の改革はすべての国民の生活に関わることであるから国民的な議論を尽くして決めていこうではないか
ねんきん さいばんいんせいど の かいかく は すべて の こくみん の せいかつ に かかわる こと で ある から こくみんてき な ぎろん を つくし て きめ て いこ う で は ない か
生詞表3
1
造営
ぞうえい
興建,營造
2
頤和園
いわえん
颐和園
3
種種/種々
しゅじゅ
種種,各種,多種
4
端端/端々
はしばし
細微之處
5
表記
ひょうき
書寫,記載;標明;表面記載
6
強弱
きょうじゃく
強弱
7
高低
こうてい
高低
8
山々
やまやま
群山
9
将軍
しょうぐん
將军
10
同期
どうき
同期,同一時期
11
理事会
りじかい
理事會
12
いかだ
木筏,筏子,木排
13
荒海
あらうみ
波涛汹涌的大海
14
究明
きゅうめい
探究明白,調查明白
15
起爆剤
きばくざい
起爆剂
16
痛感する
つうかんする
痛感,深切地感到
17
容疑者
ようぎしゃ
嫌疑犯
18
言い残す
いいのこす
留下話,留言,撂下(一句話);沒有說完
19
真犯人
しんぱんにん
真凶,真罪犯
20
記者会見
きしゃかいけん
記者招待會
21
会見
かいけん
會見,接見
22
個人的
こじんてき
個人的
23
見解
けんかい
見解
24
国民的
こくみんてき
國民的
生詞表4
1
文化財
ぶんかざい
文物,文化遺產
2
昆虫
こんちゅう
昆蟲
3
持ち主
もちぬし
持有者,所有人
4
亡くす
なくす
丧,失去
5
倒す
たおす
推倒,放倒;推翻;打败
6
壁紙
かべがみ
牆紙,糊牆紙,壁紙
7
好天
こうてん
好天氣,好天
8
にぎわう
熱鬧,繁盛
9
平城京
へいじょうきょう
平城京
10
遷都
せんと
遷都
11
起源
きげん
起訴
12
王
おう
國王
13
伎楽面
ぎがくめん
伎樂面具
14
酔胡王
すいこおう
醉胡王
15
皮袋
かわぶくろ
皮口袋,皮囊
16
かたどる
照,模;形象化
17
水入れ
みずいれ
水罐
18
漆胡樽
しっこそん
漆胡樽
19
観覧客
かんらんきゃく
遊覽者
20
雑技団
ざつぎだん
雜技团
21
ショー
表演,演出;陳列,展覽
22
ヴェルサイユ宮殿
ゔぇるさいゆきゅうでん
凡爾赛宮
23
水くみ
みずくみ
汲水
24
家畜
かちく
家畜,牲畜
準備好了嗎?
通過打字練習鞏固本課內容,在擊鍵中感受日語的韻律。
立即開始練習